Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
英雄列伝〜赤兎馬編〜
どうも。知識をさらけ出すコーナー、英雄列伝です。知ったかぶり勘弁です(
今日の英雄はといいますと、前回でもチラッと出てきましたが、赤兎馬です。
名前のとおり馬です。ということでまともな英雄列伝スタートです。

名前:赤兎(せきと)
生没年:?〜219年
飼主:董卓→呂布→曹操→関羽(→馬忠)
列伝:一日に千里を走るといわれた三国志随一の名馬。汗血馬といわれ西方原産の馬、後漢時代から汗血馬は中華にいたがその中でも脚の速さは飛びぬけていた。
はじめ、董卓が所有していたが、政権争いで丁原と対立、当時丁原を義父としていた呂布を自らの配下にするため呂布に赤兎馬を与えたところ、呂布は丁原の首を片手に董卓に投降した。(その後女をめぐって二人は対立し、呂布は董卓も殺した)そのとき、人中の呂布、馬中の赤兎といわれるほど賞賛された。当時190年前後だった。
その後、呂布軍勢を滅ぼした曹操が赤兎馬の飼主となるが、気性が荒く誰も乗りこなせない。そんな中分けあって曹操に投降していた関羽(蜀の初代皇帝劉備の義弟)にこれを与えたところうまく乗りこなし、そのまま飼主になった(ここのエピソードは深いんですけど今回は割愛)当時200年である
関羽は赤兎馬に乗って数々の武勲を挙げたが、219年、関羽が荊州(わかりやすくいえば楚のあるあたり)を守っているときに、三国のもうひとつ、呉が荊州を攻め、関羽を斬り赤兎を得た。赤兎は呉軍で功績のあった馬忠という将軍に与えられたが、まもなくえさを食べなくなり死んだという。
すごいところ:まずはその脚の速さ。赤兎の早さにはほかの馬では追いつけない。一日に千里を走るといわれた。(当時の千里は現在で言うと400kmちょっと。一日中休みなしで走り続ければ一時間17キロ。不可能ではない数字である。というか普通の馬でも持久力があればできるんじゃないかと(ぉ))
次にその生命力。董卓が呂布に与えたころを生まれた時として考えても30年。馬の寿命は25〜40年で特に長いわけではないかもしれないが、その一生をずっと戦場で走り続けたことを考えるとすばらしいといえるのではないか。
そして馬とは思えない忠義。これは騅にもいえることだが人と馬の厚い友情を感じさせる・・・よね?
さらに人ではないのにもかかわらず中国の正式な歴史書に名前を残している点。三国志(正史)に出てくる馬は3頭。後は絶影(曹操の馬)と的盧(劉備の馬)である。
現代の競馬に出したらどうなるかな・・・と考えつつ今回の列伝は終了です。
まだまともに人物紹介してないじゃんっていう突っ込みは禁止
今日の英雄はといいますと、前回でもチラッと出てきましたが、赤兎馬です。
名前のとおり馬です。ということでまともな英雄列伝スタートです。

名前:赤兎(せきと)
生没年:?〜219年
飼主:董卓→呂布→曹操→関羽(→馬忠)
列伝:一日に千里を走るといわれた三国志随一の名馬。汗血馬といわれ西方原産の馬、後漢時代から汗血馬は中華にいたがその中でも脚の速さは飛びぬけていた。
はじめ、董卓が所有していたが、政権争いで丁原と対立、当時丁原を義父としていた呂布を自らの配下にするため呂布に赤兎馬を与えたところ、呂布は丁原の首を片手に董卓に投降した。(その後女をめぐって二人は対立し、呂布は董卓も殺した)そのとき、人中の呂布、馬中の赤兎といわれるほど賞賛された。当時190年前後だった。
その後、呂布軍勢を滅ぼした曹操が赤兎馬の飼主となるが、気性が荒く誰も乗りこなせない。そんな中分けあって曹操に投降していた関羽(蜀の初代皇帝劉備の義弟)にこれを与えたところうまく乗りこなし、そのまま飼主になった(ここのエピソードは深いんですけど今回は割愛)当時200年である
関羽は赤兎馬に乗って数々の武勲を挙げたが、219年、関羽が荊州(わかりやすくいえば楚のあるあたり)を守っているときに、三国のもうひとつ、呉が荊州を攻め、関羽を斬り赤兎を得た。赤兎は呉軍で功績のあった馬忠という将軍に与えられたが、まもなくえさを食べなくなり死んだという。
すごいところ:まずはその脚の速さ。赤兎の早さにはほかの馬では追いつけない。一日に千里を走るといわれた。(当時の千里は現在で言うと400kmちょっと。一日中休みなしで走り続ければ一時間17キロ。不可能ではない数字である。というか普通の馬でも持久力があればできるんじゃないかと(ぉ))
次にその生命力。董卓が呂布に与えたころを生まれた時として考えても30年。馬の寿命は25〜40年で特に長いわけではないかもしれないが、その一生をずっと戦場で走り続けたことを考えるとすばらしいといえるのではないか。
そして馬とは思えない忠義。これは騅にもいえることだが人と馬の厚い友情を感じさせる・・・よね?
さらに人ではないのにもかかわらず中国の正式な歴史書に名前を残している点。三国志(正史)に出てくる馬は3頭。後は絶影(曹操の馬)と的盧(劉備の馬)である。
現代の競馬に出したらどうなるかな・・・と考えつつ今回の列伝は終了です。
まだまともに人物紹介してないじゃんっていう突っ込みは禁止
コメント
コメントの投稿
